
「編集部より」は、年1回更新しているのですが、前回から早1年が過ぎてしまったので、本日(2005年8月23日)、更新することにしました。 まずは、いつものように、2005年8月中旬現在までの弊社(湊文社)の歴史を簡潔に記します。 1998年3月 有限会社湊文社(そうぶんしゃ)が誕生! 読者、執筆者、スポンサー等々、皆様のご支援・ご協力に、改めて感謝申し上げます。皆様のおかげで、こうしてアクアネットの発行を続けることができています。本当にありがとうございます。
今年は戦後60周年です。 最近は、日本国内でも、自衛隊を軍隊として認め、軍事力を背景とした真の独立国家になるべきだという考え方をする人が増えてきているようです。確かに、日本は米国の巨大な軍事力の庇護下にあり、戦後、経済活動に集中できたのも他国に侵略される心配がなかったからだとも考えられます。そのように考えると、皮肉にも、日本の平和憲法を支えてきたのは、米国の軍事力だったことになります。 しかし、そのために、日本は米国の属国のような存在ともなり、何をするにも米国の意向を気にしなければならず、米国債を買い続けなければならず、駐留米軍の兵士が犯罪を犯しても日本では裁けない。この状況に我慢がならないという人の気持ちは分かります。また、戦勝国が敗戦国を裁いた東京裁判に異議を唱える人の気持ちも分かります。 このような考え方は、筋としては通っているのですが、これがエスカレートすると「開戦やむなし」といった風潮につながっていくと思います。特に、憲法九条と自衛隊の存在というジレンマを抱えてきた日本にとっては、ひとたび憲法が改正され、自衛隊が正式に日本軍となった場合、その反動は小さくないことが予想されます。そして、国家のために命を捧げることは尊いことであるという方向になっていくはずです。 人間は考える動物なので、戦争を観念として捉えることもできます。しかし、観念としての戦争には、血や飢餓といった現実が欠落していきます。戦争は殺人であり、兵士ばかりでなく、民間人も虐殺の対象となります。人間とは、実際に核爆弾を使うほどに愚かな存在です。今でも劣化ウラン弾を使うほどに愚かな存在です。今日では、核兵器さえ闇取引の対象となっています。 誰しもの心の中に暗闇があります。 それでは、今後とも、よろしくお願い申し上げます。
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